江戸明治〜若者の男女交際の場「娘宿」

江戸明治〜若者の男女交際の場「娘宿」

 

 

今回お話するのは、江戸明治時代の若い男女交際について書いてみたいと思います。

 

今、街を歩いていると若い男女のカップルが手を繋いで歩いていたり、人目もはばからずにイチャイチャしていたりと、交際も随分オープンなモノになっています。

 

僕の若い頃(30年位前)は今よりも随分保守的だった気がしますが、これも時代の流れなんですね。

 

恋愛観も人それぞれで、特定の人と長期に渡って交際を重ねて結婚する人もいれば、色々な人を渡り歩く人、中には多数の人と同時進行で交際をしている人もいます。

 

更に結婚を選ばずに仕事や趣味を謳歌する人も増えてきてて、恋愛に興味を持たない人も多いそうですから驚きです。

 

知り合う場も学校、職場、クラブでナンパw等様々。

 

最近では出会い系アプリ等を使って、普段絶対に会うことがないであろう異性と知り合い交際する人も増えてきています。

 

しかし、当時の江戸や明治時代、今の様に簡単に知り合って交際なんて夢のまた夢。

 

東京等の都心部では庶民は祭りなどでナンパをして、自由恋愛を楽しんでいたそうですが。

 

中流階級以上は殆どお見合いだったそうです。

 

酷い話しですが、女性は財産と考えられていて、贈答品と捉えられていたそうですから凄い時代です。

 

その江戸時代のお見合い結婚率は7割だったそうです。

 

そもそも江戸時代の「お前、遊んでるな!」とされたものは、吉原の遊女や踊り子等の玄人(素人女ではない)に手を出しまくるwのが男の粋な遊びとされていて。

 

 

散々遊んで家柄の女性と結婚していたそうなので、今の恋愛観とは全く別物だった訳ですね。

 

仮に自由恋愛で交際したとしても交通機関が発達していないし、女性が夜出歩く事も良しとされていなかったので、そう簡単に会うことも出来ません。

 

当然、通信手段はせいぜい手紙が限度。

 

明治23年に公衆電話が設置される様になったそうですが、通話料金も高額(東京市内に5分程度でも2000円!)で一般の人には遠い存在だったそうです。

 

明治時代へ移行すると、今度は道徳観に変化が生まれ「男女七歳にして席を同じうせず」と言って、つまり7才になったら、男女の別も明らかにしてみだりに交際してはならない!と教えられる様になります。

 

恋愛も自由に出来なくなり、その殆どがお見合い結婚となってしまったそうです。

 

 

今の人が聞くと信じられない!と声が上がりそうですが、これが現実だった訳です。

 

さて、そんな江戸から明治にかけて地域の教育組織でもあった、未婚の男性が入る若衆、若者組、未婚の女性が入る娘組などの集団が各地に存在していました。

 

これらは同世代の青少年が集団生活や共同作業を通して教育・訓練される社会教育組織だったそうです。

 

今回、その中でも娘組が入って仕事をしていた「娘宿」について調べてみました。

 

今の世の中でこの娘宿等の言葉を聞くこともないでしょうが、実は西日本地方の沿岸部ではごく最近まで残っていたそうです(その反面、東日本には僅少だったそう)。

 

その娘組ですが、加入は男性の若者組と同じく数え年の13才位で加入していたそうです。

 

それらを束ねていたのは、年長者指導していたそうですが、基本は取り決め等もない自由な集団だった模様です。

 

ムラにはその娘組が集う「娘宿」がいくつもありました。

 

彼女らは、各々の自宅で夕食を食べた夕方6時以降になるとその娘宿に集まってきたそうです。

 

そこで行うのは、粉ひきや藁仕事、草履(ぞうり)を作ったりする手仕事だったそうです。

 

中にはよなべをしてしまい、そのまま泊まる人もいたそうです。

 

その宿を提供した主人や主婦らが宿親として、しつや、読み書き等の勉強や、果ては配偶者(要は婿にふさわしい男性の見極め等)の助言まで行っていたそうです。

 

その娘宿の仕事を手伝う為に、若者組の若い男がやってくる事もあったそうです(当然、前もって宿親に了承を得ていないと入れてくれません)。

 

そこを訪れる若者とのあいだに交流が生まれ、娘たちは宿親や仲間の助言や忠告のを聞きながら、将来の伴侶を選定していたそうです。

 

さながら、現代で言うところの「出会いカフェ」的な役割を果たしていた訳ですね。

 

更に夜這いと言って、若者が娘宿を夜な夜な訪れ、意中の女性が寝ている寝床に入り、気持ちが受け入れられれば婚姻関係が成立するというものもあったそうです。

 

夜這い

 

中には、普段僕達が連想する、エロい夜這い遊びもあったそうで。

 

婚姻関係ではない、セフレ的な相手が2、3人いたなんて人も数多くいたそうです。

 

この夜這い、娘宿に集まっている全員が相手出来た訳では当然なく。

 

女の初潮と言って、月経が始まり「水揚げ」と言って初体験を済ませた女性でないと夜這い相手として認められなかったそうです。

 

ムラの中には、たとえ月経では一人前とみなさず、陰毛が生えそろって初めて水揚げの依頼をしていた所もあったそうです。

 

その後、相性が良ければ結婚となるのですが、いやはや教育機関的な場所で恋愛観や性についてもしっかり教えていたとは!

 

ある意味現代の日本よりも発達していますね。

 

しかし当時の明治時代は、急速に西洋文化が入ってきていました。

 

今までの日本が「野蛮」だと捉えられるのを嫌った明治政府は、半ば強行的に国民道徳向上の名目で、一夫一妻制の確立や純潔思想の普及、夜這い弾圧!の法的基盤を整備しました。

 

結果、娘宿にも貞操観念の欠如だ!等と問題批判が集まり、昭和13年に岡山で発生した「津山事件」で村人30人を殺害した事件等をきっかけに、消えてしまう事になったのでした。

 

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